C&A

ほぼC&Aのコトしか書いていないのでブログ名変えました(旧:川の流れに身を任せたまに溺死しそうになる)

女同士って難しくて。

 

母と娘というのが特に難しいと感じている。

 

同じDNAを持っているからお互いのことが分かり過ぎて

イライラする。許せなくなる。

 

愛情が深すぎて相手の重荷になって、相手を爆発させてしまう。

爆発した相手を見て、自分は深く傷つく。

 

母と娘って、距離感が難しい。

 

色々あって、20代前半から数十年に渡り、

母を心底、疎ましく憎いとさえ感じていた。

 

 

端的に言うと、凛として美しかった母が、心を病み別人のようになった。

非常に厄介な信仰宗教に没頭したり、私に異様に執着したり、

かと思えば、心をえぐり取られるように傷つけられることもあった。

 

病気のせいだと分かっていても、母親だから割り切ることができなかった。

逃げ出したくても絶対に逃げられない。

八方ふさがりとはまさにこのこと。母を思うと苦しくて、悲して、

可哀そうで、腹ただしくて、私はとても複雑だった。

母の心の病は、母が50代前半から始まり、

母が亡くなるまでのおよそ15年間続いた。

 

そんな私の心を救ってくれたのは、

友人の言葉。

 

それは母の心の病が発症して間もなくの頃に言われた言葉。

 

「お母さんは、あんたの

反面教師になってくれてるんやで。

自分と同じDNAを持つあんたに、

こういう風になるな!と、

教えてくれてるの。

お母さんは、自分の身を削って、

あんたの反面教師になってくれてるの!!

分かる?そんなイイお母さんどこにいる?

お母さんのことを嘆くより感謝せなあかんの」

 

って。この言葉、一生忘れない。

母に似て鼻っ柱の強い私が、今でもその友人だけには

ゴロゴロと甘えてしまう。たまにしか会えないけど大好きな友人。

こんな素敵な友人に出会うことが出来たのも、

母が私を生んでくれたからだ。

 

そんな母は、その後更に癌を患い、今から5年前に他界した。

壮絶な在宅介護だったけれど、その時に出会った

ヘルパーさんたちが、またみんな濃すぎる人生を生き抜きた人ばかりで

人間くさく、情に熱く、それぞれに、素敵な悟りをもっていた。

母がくれた掛け替えのない出会い。

 

母が生きている間に「大好き。有難う」と

言えたのも、悔いなく精一杯介護できたのも、

「行ってらっしゃい」と言って見送れたのも

ヘルパーさんたちや、友人や家族の支えがあったから。

 

またその時のこと近いうちに……( ..)φメモメモ